- 「広報」や「編集」の概念を常時アップデートしていく感じで -

鉄腕ガール(1) (講談社漫画文庫)


鉄腕ガール(6) (モーニングコミックス)
鉄腕ガール(9) (モーニングコミックス)

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Amazon とかのレビュー欄を見ても、みんな口を揃えて「鉄腕ガールは野球の漫画ではない。一人の女の生き様を描いた名作だ」と感想を語っています。

高橋ツトム御大は「地雷震」「SIDOOH/士道」「スカイハイ」などを手がけてきた、とにかくロックな漫画家です。

元暴走族でバンドマン、高校1年中退という異色の経歴の方ですが、特に大ゴマで真価を発揮する画力、ベッタベタでクサイながらもシンプルにかっこいい決め台詞には定評があります。巧緻なストーリー展開よりも一瞬の煌めきを求める人にはぜひ読み漁ってほしいです。

代表作である「士道」の外伝を Web 上に公開されていますが、観ていただければ画力の高さ、大ゴマを使った演出の迫力は伝わるかと思います。

http://www.tao69.com/comic/?data=fly

高橋ツトム御大の作品は、基本的に「巨悪に立ち向かう一人の(ラスト)サムライのロックな生き様」を描いていると思っています。そしてまた巨悪の描き方もかっこいい。とことん「巨」で、とことん「悪」に書いてくれる。

そんな中でも個人的に一押しの作品が「鉄腕ガール」。士道では政府軍と戦争をしたりもしていましたが、本作の敵はアメリカ合衆国。

個人的には小説の悪役は旧ソ連が、漫画や映画の悪役はアメリカが最も似合うと思っているので、高橋ツトム先生が描いたラスボスとしてのアメリカにはしびれました。でかい!強い!賢い!みたいな。

GHQ 占領下の焼け野原を、女性たちは自らの足で歩きはじめました(簡単なあらすじ)


「鉄腕ガール」の舞台は、戦後間もない日本。大空襲によって焼け野原になり、キャバレーでは米兵が日本人ホステスに横柄な態度を取っている世界です。

そんな中で「これからは女性がもっと社会で活躍する時代にしましょう」というビジョンを掲げる化粧品メーカーの女社長・蘭崎五十鈴が、キャバレーで米兵相手に女給をしていた加納トメに出逢います。

五十鈴は「気に入りましたわ。このコ、美しさと凶暴性を持っているもの」と惚れ込んだトメを自社の広告塔として雇い、女子プロ野球という興行(ビジネス)を始めます。

当初こそ、五十鈴は自社のビジネスとして、トメは「なんとなく楽しそうだったから」というお遊びとして女子プロ野球の世界に足を踏み込みますが、五十鈴の弟・克己の壮大な計画に徐々に感化されていった二人は、「女性の力で、敗戦国から米国に強烈な一撃をくらわせる」という野球対決プロジェクトを進めます。

鉄腕ガール全体を通して読むといろんな章があって、野球をまったくやってない時期も結構長いですが、基本的には「敗戦国が、そして昨日まで低い立場にいた女性たちが、野球を介して憎き米国を倒そうとした」という戦の物語です。 スラムダンクで三井軍団とバスケ部がひたすら殴り合ってる章もあるみたいな話です。

二度目の “戦” に臨む登場人物たちを名言とともにピックアップ

「人は必ず死ぬ そして人生は短い それならもう二度と降伏しないで好きな事やってやる」──激動の時代を太く短く駆け抜ける主人公

鉄腕ガール(1) (講談社漫画文庫)
高橋 ツトム
講談社
売り上げランキング: 273,517

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(もちろん1巻の表紙に。アオリは「その女は、太陽になろうとした。」)

ザ・主人公の加納トメ。衒わず、真っ直ぐに突き進み、結果として人々を熱狂させる “スタア” です。

後に「鉄腕麗人」という異名を付けられますが、これは戦後間もなく発足した日本女子野球連盟に実在した大島雅子投手のもの。大昔の選手なので真偽は不明ですが、プロ入りまで野球経験がなかったけどスカウトされたとか、投手は自分1人で連投してたみたいな部分はトメにも適用されており、モデルになっている可能性はあります。

さらに、加納トメの場合は漫画のキャラなので、女性なのにメジャーリーガーでも手こずるような快速球を投げるなどかなり強烈な “フィクション(虚構)” になってますが、この作品を120%楽しむためには ”リアリティ” という言葉は忘れることをおすすめします。ただトメの “スタァ” 性にだけ目を奪われていればいいのです。

「空襲の夜、アタシは一度だけ心から降伏したことがある。もう負けでいい、だから許してくれ、って。だけどダメだった。」

戦時中、大空襲を受けて「心から降伏」するも、祈り届かず家族を全員失った過去を持つトメは、

「アタシは男に生まれたかったなんて思わない。絶対現実を否定しないぞ。

抵抗しないことは、罪だ」

と決意。優秀な裏方や企業とともに 日本と米国の女子野球代表チームの試合を “賭け” としてチケットを一般販売し、日本が勝てば米国から大金をふんだくることができる という大勝負の開催にこぎつけます。日本が負けたら五十鈴の会社は潰れて国賊にはなるけど米国側の損害に比べたら軽くてフェアじゃないとか、大富豪の道楽にしてもなぜ米国がそんな勝負を受けるのかとか、設定のリアリティうんぬんは以下同文。

最終的には、仲間になった新聞記者から記事の見出しに 「女は死ななきゃ治らない」 と書かれるのですがこのフレーズもまた高橋ツトム先生のこだわりを感じますね。

「夢のない社員はいらないの。戦前にお帰りなさい」──戦後女性の未来を切り拓く浪漫あふれる女社長

鉄腕ガール(2) (講談社漫画文庫)
高橋 ツトム
講談社
売り上げランキング: 289,268

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(2巻の表紙に登場。アオリは「その女は、一世一代の博奕を打った。」)

日米決戦をお膳立てした、“日本軍” のボス。化粧品メーカーを経営する社長かつモデルばりのルックスを持つ才色兼備の女性で、世の女性たちの憧れとして支持を集めています。

当初はトメを広告塔として使う程度でしたが、ニートの弟が持ってきた「日本の女性が米国を倒す」という壮大プランに乗り、日米決戦の米国側スポンサー候補として目をつけた大富豪との交渉に臨みます。あなたの財力なら道楽としてもはした金だろうと。

当然、大富豪さんサイドはそんな勝負を受ける義理もメリットも皆無なので「覚悟を見せるために、まず服を脱げ」と言われます。モデル並の美人って設定だし、抱かれるのかな?思わせつつ、「ワシは日本人など抱かんぞ。それがワシとお前らとの差だ」と言われます。

全裸の五十鈴は意図が読めずに立ち尽くしますが、いきなり「まずその匂いをなんとかせんとな、消毒だ」と頭からビールをぶっかけられます。ボスの言動に「“貧乏臭い” か?」と爆笑する部下がいい味を出しているシーンです。

そして「わしがいいと言うまでそのまま立ってろ」と言い残し、大富豪はパーティーに繰り出します。もちろん帰ってきません。

脚がガクガクになりながらも一晩中立ちっぱなしになっていた五十鈴ですが、朝方?に日米決戦を承諾する旨を部下から伝えられます。

崩れ落ち、横たわりながら、目を見開き狂気すら感じる表情で一言。

「日本人を甘く見たわね、痛い目に遭うわよ」

そして日米決戦の試合当日を迎え、日本中から集まった掛け金の総額を発表することになりますが、慌てた表情の男性社員が「アナウンスを延期してください!」と申し出ます。

「集計のミスに決まってます! こんなに多いはずがないんですよ!」と慌てふためく男性社員に対して五十鈴は

「この一枚一枚にどんな想いが込められてるか想像できないの?

あなたはもういいわ。馘首よ…。

夢のない人間はウチの会社にはいらないの。

戦前にお帰りなさい」

と冷たく言い放ち、約3兆円が集まったことをアナウンスさせます。

3兆…。3兆てお前…。

「太陽が燃えてないと月は見えないんですよ」──人生を賭けて舞台をお膳立てする“死人”

さて、いくら漫画といえど「日本と米国の女子野球チームが試合して、それを賭け試合にして、日本が勝ったら大量のドルが日本に入るようにする」というとんでもない勝負を実現させるには、女社長以外にも誰かしら凄腕のコーディネーターが必要です。

鉄腕ガールにおいて、日本軍のエージェントとして裏で動いているのは五十鈴の弟・克己。負けると分かっていた太平洋戦争に行かないため、戸籍をいじって死んだことにしたという過去を持つ「性格は悪いけど頭はいい」みたいな男です。姉のすねをかじってるただのニートですが、やたらイケメンです。

結局、生き延びて戦後を迎えても姉の会社を手伝うわけでもなくフラフラしていましたが、漫画だからね〜〜っていう高速展開で主人公・トメに惚れ、「トメを、この国を照らす太陽(スタァ)にする」と、命を賭けるような大勝負を仕掛けます。太陽なのか星なのかはこの際どっちでもいいです。

最初で最後の夜も、トメから「特攻に行く男を見送るみたいだ」と言わしめるほどのギャンブル。戦争から逃げた男にそう言わしめる演出はかっこいいです。

克己は日米決戦を成立させるため、いろいろ事情があって日本の裏社会の極秘データを GHQ に横流しします。

「こんなモノ売ったら殺されるぞ」

「もう死んでますよ」

「あの女のためにそこまでするのか…」

「太陽が燃えてないと月は見えないんですよ」

画も台詞も高橋ツトム節というか、このシーンを薄暗~~い感じで目だけギラついてる感じで描くあたりはまじでロックだと思います。

案の定裏社会の連中から命を狙われるようになり、いろいろ大変な目に逢いながらも、とにかく日米決戦のセッティングに成功します。その後も小指を失ったり死にかけたりいろいろ大変な目に逢いながらも(漫画だからね~~)、運命の試合の会場に駆けつけます。

そこで米国チームのボスである大富豪に対して強気に言い放ちます。

「同じルールで戦えば、日本が米国に負けるわけがないんですよ」

もはやリアリティとかご都合主義という言葉は野暮ってものです。ただひたすら燃える。

「米国なんぞぶっ殺せ!」──“人種差別”の中で肥大した複雑な感情をぶちまける米国人監督

そんなわけで日米決戦が行われることにはなりますが、アメリカと違って野球後進国である戦後日本なので、女子プロ野球チームを猛特訓する監督が必要になります。これはどんな野球漫画でもご都合的に必要になりますよね。

鉄腕ガールの場合は、「野球の神様を見たことがある」という米国人で黒色人種であるマーサ。本場から連れてくる展開は野球漫画のお約束ですが、戦後という舞台らしい人物設定を入れ込んできます。

マーサの旦那は野球選手としてはスーパースターでしたが、戦前の米国は人種差別が激しく、黒人選手はどんなに実力があっても白人と同じ舞台には立てなかった。戦死するまでネグロリーグ(有色人種だけのリーグ)に所属させられていたそうです。

そんな事情があり、米国人ではありながらも、米国を支配する人間たち(白色人種)には煮えたぎるような想いを抱いています。

「アタシ達黒人はアンタらのリーグに入れてもらえなかった。だけど野球を恨んだ事なんて一度もないよ。アメリカ人なら野球を恨むなんてできっこない。野球そのものより大きな人間なんて存在しないからさ」

という発言を残し、明るく振舞っていたマーサ監督でしたが、日米決戦中の勝負どころで初めて、高橋ツトムの真骨頂ともいえる “劇画調の大ゴマ” で叫びます。

「米国なんぞぶっ殺せ!」

アツい。普段飄々としてるキャラが感情むき出しにして叫ぶシーンはアツいって、ぼくらみんな知ってますからねー。流川の「ぶちかませっ!」とかね。

「金と権力は信用するようなモンではない……コントロールするもんじゃ」──自らがルールを作るラスボス

日本側が、仕掛け人である克己を筆頭に「特攻隊員」のようなやり口で正面から向かってきたわけですが、迎え撃つ米国のボスは真逆。

米国代表のエースの父親であり、米国屈指の大富豪。「まさに外道!」みたいな描写をされてますが、小物感は一切なく、登場時から一貫してマジ大物…って感じで描かれます。

運命の日米決戦中、主人公のトメが大活躍をして流れを引き寄せたときも、顔色一つ変えずに

「ああいうタイプ(主人公)の人間は真正面から勝負してはイカン。

後ろから撃つんじゃ」

とか言います。いちいちカッコいい。

日本側(と黒人)があくまで「同じルールで戦えば負けない」と真っ向から米国をねじ伏せにかかる反面、米国側は「まともに日本人と戦ってどうする? 吐き気がするわ」というスタンス。この対比がアツいのです。 なんかこう、だから日本は負けるんだよみたいな。

この「勝つためには武士道は足かせになる」って感じ、皇国の守護者の

「宣戦布告もなしに他人の国に土足で侵略してきて…武士道を持たぬ貴様らこそが蛮族だろうが…」

「なんて言ってたんですかあいつ」

「ブシドー…自分の国も守れぬ者たちのモットーだそうだ」

っていうシーンを彷彿とさせます。

最終的には金と権力をコントロールする大富豪らしいやり方で勝とうとしますが、運命の日米決戦は誰も予想しえなかったクライマックスを迎えます。

…というストーリーが鉄腕ガールのほぼすべて。漫画としてはその後も続きますが、ぶっちゃけここまで読めば十分です。あとの見所は「女は死ななきゃ治らない」あたりの台詞回しと、最終巻の “劇画調の大ゴマ” の迫力くらい。

文庫版でいうと4巻の途中までが日米決戦です。特に2巻の後半〜4巻の前半まではめっちゃアツい(野球漫画としてはどうかと思うけど日米決戦漫画として)ので、ぜひ高橋ツトム節を堪能してほしいです。

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最後にちょっと、高橋ツトム漫画で割と万人向けのおすすめ作品をピックアップ(注・微ネタバレあり)

「SIDOOH/士道」−−やはり御大は「サムライ」を描くのが一番似合う。

ジャンプとかに連載されたりもっと人気出てたら腐女子から大人気だったであろう、幕末に生きるサムライたちの生き様を描いた漫画です。

最終的には主人公たちは会津軍の一員として新政府軍と戦って玉砕していくわけですが、個人的には6巻くらいまでの「白心郷」編が好きです。倒幕とか言い出す前の、ただ生きることだけに必死な時期。

序盤のあらすじを説明すると、流行りの病で親を亡くした孤児の兄弟が、藁にもすがる思いで「剣術を教えてください」とチンピラの朝倉清蔵を頼りますが、頼った先が悪かったとしか言いようがないくらい地獄を見ます。何度も死にかけますが、いろいろあってサムライとしての才能が開花した兄弟はサムライっぽい何かになります。“っぽい何か” ってのがポイントです。

死線を超えて剣術を身につけ、サムライっぽくなれたと思いきや、そもそも育ててくれた組織がとんでもない組織でした、というなかなかブラックな世界観。 マインドコントロール系です。

ある重要な任務によってマインドコントロールが解け、本物の武士道を極めようとし始めるのですが、その出来事がもうベッタベタでクサくて王道でアツいです。画力がね、圧倒的な画力があるからかっこいいんですよまじで。正直、絵が下手だったらただのよくあるB級作品ですし。

個人的には士道はここが最大の山場で、あとはただひたすらかっこいい絵でチャンバラやってる程度の単調な作品って印象です。ただ、その「山場」が、THE・高橋ツトム御大って感じで好きです。

作風としての 御大×サムライ の相性の良さは、試し読みだけでも伝わるんじゃないかと思います。

SIDOOH―士道― 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
集英社 (2013-05-17)
売り上げランキング: 42,622

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「ヒトヒトリフタリ」−−わかりやすく”こんな政治家がほしい”ってなるやつ

これは現代の日本を舞台にした作品。福島原発が大変なことになってたり、2011年〜の現実を設定として使っています。

あらすじとしては、守護霊である主人公が偉い人から派遣された先が “総理大臣” で、政治家や民衆から容赦なく浴びせられる憎悪の感情から守っていく…という感じ。総理大臣・春日の成長ぶりも見どころで、もう一人の主役といえます。

これは盛大なネタバレになりますが、「生放送中に福島原発から持ってきた濃厚な汚染水を一気飲みする」というパフォーマンスをするシーンがあります。「影響があるかないか、私の身体で実験します」みたいな。このへんの盛り上げ方は御大の真骨頂だと思います。

政治的スタンスが出すぎている漫画や小説は気持ち悪いと思ってしまうタイプなので、本作も「うーん」ってなる描写自体はありました。が、やっぱり高橋ツトム節で描いた見せ場にはぐっとくるものがあります。

バトルものじゃないと “劇画調の大ゴマ” だったり持ち前の画力を生かしづらいという側面はあると思うんですが、鉄腕ガールでも米国側を「薄暗いところでボソボソ喋らせるけど大物っぽくて怖い」みたいな感じで描いてたように、ハードボイルドテイストでも画力は生きるものです。「地雷震」とかそんな感じだし。

ただ、御大の作品はどうしても波があるというか、後半では能力バトル漫画みたいになっていくのがどうにも違和感ありました。バトル描くなら御大は剣か銃のほうがいいんだよなぁ。

途中まではかなり引き込まれるストーリー展開ですので、とりあえず最初の何巻かをおすすめしたいところです。

ヒトヒトリフタリ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
集英社 (2013-05-17)
売り上げランキング: 51,126

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文章で長々と説明するとどんどんロックじゃなくなっていく感はあるのですが、こういう長々と解説するような熱狂的ファンを生み出すあたりはロックじゃないかということで、まぁ勘弁してください。

女子プロ野球漫画「鉄腕ガール」は、日米のアスリートの“戦”を高橋ツトム節で描いてて名言・名場面多いのでおすすめ

鉄腕ガール(1) (講談社漫画文庫)


鉄腕ガール(6) (モーニングコミックス)
鉄腕ガール(9) (モーニングコミックス)

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Amazon とかのレビュー欄を見ても、みんな口を揃えて「鉄腕ガールは野球の漫画ではない。一人の女の生き様を描いた名作だ」と感想を語っています。

高橋ツトム御大は「地雷震」「SIDOOH/士道」「スカイハイ」などを手がけてきた、とにかくロックな漫画家です。

元暴走族でバンドマン、高校1年中退という異色の経歴の方ですが、特に大ゴマで真価を発揮する画力、ベッタベタでクサイながらもシンプルにかっこいい決め台詞には定評があります。巧緻なストーリー展開よりも一瞬の煌めきを求める人にはぜひ読み漁ってほしいです。

代表作である「士道」の外伝を Web 上に公開されていますが、観ていただければ画力の高さ、大ゴマを使った演出の迫力は伝わるかと思います。

http://www.tao69.com/comic/?data=fly

高橋ツトム御大の作品は、基本的に「巨悪に立ち向かう一人の(ラスト)サムライのロックな生き様」を描いていると思っています。そしてまた巨悪の描き方もかっこいい。とことん「巨」で、とことん「悪」に書いてくれる。

そんな中でも個人的に一押しの作品が「鉄腕ガール」。士道では政府軍と戦争をしたりもしていましたが、本作の敵はアメリカ合衆国。

個人的には小説の悪役は旧ソ連が、漫画や映画の悪役はアメリカが最も似合うと思っているので、高橋ツトム先生が描いたラスボスとしてのアメリカにはしびれました。でかい!強い!賢い!みたいな。

GHQ 占領下の焼け野原を、女性たちは自らの足で歩きはじめました(簡単なあらすじ)


「鉄腕ガール」の舞台は、戦後間もない日本。大空襲によって焼け野原になり、キャバレーでは米兵が日本人ホステスに横柄な態度を取っている世界です。

そんな中で「これからは女性がもっと社会で活躍する時代にしましょう」というビジョンを掲げる化粧品メーカーの女社長・蘭崎五十鈴が、キャバレーで米兵相手に女給をしていた加納トメに出逢います。

五十鈴は「気に入りましたわ。このコ、美しさと凶暴性を持っているもの」と惚れ込んだトメを自社の広告塔として雇い、女子プロ野球という興行(ビジネス)を始めます。

当初こそ、五十鈴は自社のビジネスとして、トメは「なんとなく楽しそうだったから」というお遊びとして女子プロ野球の世界に足を踏み込みますが、五十鈴の弟・克己の壮大な計画に徐々に感化されていった二人は、「女性の力で、敗戦国から米国に強烈な一撃をくらわせる」という野球対決プロジェクトを進めます。

鉄腕ガール全体を通して読むといろんな章があって、野球をまったくやってない時期も結構長いですが、基本的には「敗戦国が、そして昨日まで低い立場にいた女性たちが、野球を介して憎き米国を倒そうとした」という戦の物語です。 スラムダンクで三井軍団とバスケ部がひたすら殴り合ってる章もあるみたいな話です。

二度目の “戦” に臨む登場人物たちを名言とともにピックアップ

「人は必ず死ぬ そして人生は短い それならもう二度と降伏しないで好きな事やってやる」──激動の時代を太く短く駆け抜ける主人公

鉄腕ガール(1) (講談社漫画文庫)
高橋 ツトム
講談社
売り上げランキング: 273,517

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(もちろん1巻の表紙に。アオリは「その女は、太陽になろうとした。」)

ザ・主人公の加納トメ。衒わず、真っ直ぐに突き進み、結果として人々を熱狂させる “スタア” です。

後に「鉄腕麗人」という異名を付けられますが、これは戦後間もなく発足した日本女子野球連盟に実在した大島雅子投手のもの。大昔の選手なので真偽は不明ですが、プロ入りまで野球経験がなかったけどスカウトされたとか、投手は自分1人で連投してたみたいな部分はトメにも適用されており、モデルになっている可能性はあります。

さらに、加納トメの場合は漫画のキャラなので、女性なのにメジャーリーガーでも手こずるような快速球を投げるなどかなり強烈な “フィクション(虚構)” になってますが、この作品を120%楽しむためには ”リアリティ” という言葉は忘れることをおすすめします。ただトメの “スタァ” 性にだけ目を奪われていればいいのです。

「空襲の夜、アタシは一度だけ心から降伏したことがある。もう負けでいい、だから許してくれ、って。だけどダメだった。」

戦時中、大空襲を受けて「心から降伏」するも、祈り届かず家族を全員失った過去を持つトメは、

「アタシは男に生まれたかったなんて思わない。絶対現実を否定しないぞ。

抵抗しないことは、罪だ」

と決意。優秀な裏方や企業とともに 日本と米国の女子野球代表チームの試合を “賭け” としてチケットを一般販売し、日本が勝てば米国から大金をふんだくることができる という大勝負の開催にこぎつけます。日本が負けたら五十鈴の会社は潰れて国賊にはなるけど米国側の損害に比べたら軽くてフェアじゃないとか、大富豪の道楽にしてもなぜ米国がそんな勝負を受けるのかとか、設定のリアリティうんぬんは以下同文。

最終的には、仲間になった新聞記者から記事の見出しに 「女は死ななきゃ治らない」 と書かれるのですがこのフレーズもまた高橋ツトム先生のこだわりを感じますね。

「夢のない社員はいらないの。戦前にお帰りなさい」──戦後女性の未来を切り拓く浪漫あふれる女社長

鉄腕ガール(2) (講談社漫画文庫)
高橋 ツトム
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(2巻の表紙に登場。アオリは「その女は、一世一代の博奕を打った。」)

日米決戦をお膳立てした、“日本軍” のボス。化粧品メーカーを経営する社長かつモデルばりのルックスを持つ才色兼備の女性で、世の女性たちの憧れとして支持を集めています。

当初はトメを広告塔として使う程度でしたが、ニートの弟が持ってきた「日本の女性が米国を倒す」という壮大プランに乗り、日米決戦の米国側スポンサー候補として目をつけた大富豪との交渉に臨みます。あなたの財力なら道楽としてもはした金だろうと。

当然、大富豪さんサイドはそんな勝負を受ける義理もメリットも皆無なので「覚悟を見せるために、まず服を脱げ」と言われます。モデル並の美人って設定だし、抱かれるのかな?思わせつつ、「ワシは日本人など抱かんぞ。それがワシとお前らとの差だ」と言われます。

全裸の五十鈴は意図が読めずに立ち尽くしますが、いきなり「まずその匂いをなんとかせんとな、消毒だ」と頭からビールをぶっかけられます。ボスの言動に「“貧乏臭い” か?」と爆笑する部下がいい味を出しているシーンです。

そして「わしがいいと言うまでそのまま立ってろ」と言い残し、大富豪はパーティーに繰り出します。もちろん帰ってきません。

脚がガクガクになりながらも一晩中立ちっぱなしになっていた五十鈴ですが、朝方?に日米決戦を承諾する旨を部下から伝えられます。

崩れ落ち、横たわりながら、目を見開き狂気すら感じる表情で一言。

「日本人を甘く見たわね、痛い目に遭うわよ」

そして日米決戦の試合当日を迎え、日本中から集まった掛け金の総額を発表することになりますが、慌てた表情の男性社員が「アナウンスを延期してください!」と申し出ます。

「集計のミスに決まってます! こんなに多いはずがないんですよ!」と慌てふためく男性社員に対して五十鈴は

「この一枚一枚にどんな想いが込められてるか想像できないの?

あなたはもういいわ。馘首よ…。

夢のない人間はウチの会社にはいらないの。

戦前にお帰りなさい」

と冷たく言い放ち、約3兆円が集まったことをアナウンスさせます。

3兆…。3兆てお前…。

「太陽が燃えてないと月は見えないんですよ」──人生を賭けて舞台をお膳立てする“死人”

さて、いくら漫画といえど「日本と米国の女子野球チームが試合して、それを賭け試合にして、日本が勝ったら大量のドルが日本に入るようにする」というとんでもない勝負を実現させるには、女社長以外にも誰かしら凄腕のコーディネーターが必要です。

鉄腕ガールにおいて、日本軍のエージェントとして裏で動いているのは五十鈴の弟・克己。負けると分かっていた太平洋戦争に行かないため、戸籍をいじって死んだことにしたという過去を持つ「性格は悪いけど頭はいい」みたいな男です。姉のすねをかじってるただのニートですが、やたらイケメンです。

結局、生き延びて戦後を迎えても姉の会社を手伝うわけでもなくフラフラしていましたが、漫画だからね〜〜っていう高速展開で主人公・トメに惚れ、「トメを、この国を照らす太陽(スタァ)にする」と、命を賭けるような大勝負を仕掛けます。太陽なのか星なのかはこの際どっちでもいいです。

最初で最後の夜も、トメから「特攻に行く男を見送るみたいだ」と言わしめるほどのギャンブル。戦争から逃げた男にそう言わしめる演出はかっこいいです。

克己は日米決戦を成立させるため、いろいろ事情があって日本の裏社会の極秘データを GHQ に横流しします。

「こんなモノ売ったら殺されるぞ」

「もう死んでますよ」

「あの女のためにそこまでするのか…」

「太陽が燃えてないと月は見えないんですよ」

画も台詞も高橋ツトム節というか、このシーンを薄暗~~い感じで目だけギラついてる感じで描くあたりはまじでロックだと思います。

案の定裏社会の連中から命を狙われるようになり、いろいろ大変な目に逢いながらも、とにかく日米決戦のセッティングに成功します。その後も小指を失ったり死にかけたりいろいろ大変な目に逢いながらも(漫画だからね~~)、運命の試合の会場に駆けつけます。

そこで米国チームのボスである大富豪に対して強気に言い放ちます。

「同じルールで戦えば、日本が米国に負けるわけがないんですよ」

もはやリアリティとかご都合主義という言葉は野暮ってものです。ただひたすら燃える。

「米国なんぞぶっ殺せ!」──“人種差別”の中で肥大した複雑な感情をぶちまける米国人監督

そんなわけで日米決戦が行われることにはなりますが、アメリカと違って野球後進国である戦後日本なので、女子プロ野球チームを猛特訓する監督が必要になります。これはどんな野球漫画でもご都合的に必要になりますよね。

鉄腕ガールの場合は、「野球の神様を見たことがある」という米国人で黒色人種であるマーサ。本場から連れてくる展開は野球漫画のお約束ですが、戦後という舞台らしい人物設定を入れ込んできます。

マーサの旦那は野球選手としてはスーパースターでしたが、戦前の米国は人種差別が激しく、黒人選手はどんなに実力があっても白人と同じ舞台には立てなかった。戦死するまでネグロリーグ(有色人種だけのリーグ)に所属させられていたそうです。

そんな事情があり、米国人ではありながらも、米国を支配する人間たち(白色人種)には煮えたぎるような想いを抱いています。

「アタシ達黒人はアンタらのリーグに入れてもらえなかった。だけど野球を恨んだ事なんて一度もないよ。アメリカ人なら野球を恨むなんてできっこない。野球そのものより大きな人間なんて存在しないからさ」

という発言を残し、明るく振舞っていたマーサ監督でしたが、日米決戦中の勝負どころで初めて、高橋ツトムの真骨頂ともいえる “劇画調の大ゴマ” で叫びます。

「米国なんぞぶっ殺せ!」

アツい。普段飄々としてるキャラが感情むき出しにして叫ぶシーンはアツいって、ぼくらみんな知ってますからねー。流川の「ぶちかませっ!」とかね。

「金と権力は信用するようなモンではない……コントロールするもんじゃ」──自らがルールを作るラスボス

日本側が、仕掛け人である克己を筆頭に「特攻隊員」のようなやり口で正面から向かってきたわけですが、迎え撃つ米国のボスは真逆。

米国代表のエースの父親であり、米国屈指の大富豪。「まさに外道!」みたいな描写をされてますが、小物感は一切なく、登場時から一貫してマジ大物…って感じで描かれます。

運命の日米決戦中、主人公のトメが大活躍をして流れを引き寄せたときも、顔色一つ変えずに

「ああいうタイプ(主人公)の人間は真正面から勝負してはイカン。

後ろから撃つんじゃ」

とか言います。いちいちカッコいい。

日本側(と黒人)があくまで「同じルールで戦えば負けない」と真っ向から米国をねじ伏せにかかる反面、米国側は「まともに日本人と戦ってどうする? 吐き気がするわ」というスタンス。この対比がアツいのです。 なんかこう、だから日本は負けるんだよみたいな。

この「勝つためには武士道は足かせになる」って感じ、皇国の守護者の

「宣戦布告もなしに他人の国に土足で侵略してきて…武士道を持たぬ貴様らこそが蛮族だろうが…」

「なんて言ってたんですかあいつ」

「ブシドー…自分の国も守れぬ者たちのモットーだそうだ」

っていうシーンを彷彿とさせます。

最終的には金と権力をコントロールする大富豪らしいやり方で勝とうとしますが、運命の日米決戦は誰も予想しえなかったクライマックスを迎えます。

…というストーリーが鉄腕ガールのほぼすべて。漫画としてはその後も続きますが、ぶっちゃけここまで読めば十分です。あとの見所は「女は死ななきゃ治らない」あたりの台詞回しと、最終巻の “劇画調の大ゴマ” の迫力くらい。

文庫版でいうと4巻の途中までが日米決戦です。特に2巻の後半〜4巻の前半まではめっちゃアツい(野球漫画としてはどうかと思うけど日米決戦漫画として)ので、ぜひ高橋ツトム節を堪能してほしいです。

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最後にちょっと、高橋ツトム漫画で割と万人向けのおすすめ作品をピックアップ(注・微ネタバレあり)

「SIDOOH/士道」−−やはり御大は「サムライ」を描くのが一番似合う。

ジャンプとかに連載されたりもっと人気出てたら腐女子から大人気だったであろう、幕末に生きるサムライたちの生き様を描いた漫画です。

最終的には主人公たちは会津軍の一員として新政府軍と戦って玉砕していくわけですが、個人的には6巻くらいまでの「白心郷」編が好きです。倒幕とか言い出す前の、ただ生きることだけに必死な時期。

序盤のあらすじを説明すると、流行りの病で親を亡くした孤児の兄弟が、藁にもすがる思いで「剣術を教えてください」とチンピラの朝倉清蔵を頼りますが、頼った先が悪かったとしか言いようがないくらい地獄を見ます。何度も死にかけますが、いろいろあってサムライとしての才能が開花した兄弟はサムライっぽい何かになります。“っぽい何か” ってのがポイントです。

死線を超えて剣術を身につけ、サムライっぽくなれたと思いきや、そもそも育ててくれた組織がとんでもない組織でした、というなかなかブラックな世界観。 マインドコントロール系です。

ある重要な任務によってマインドコントロールが解け、本物の武士道を極めようとし始めるのですが、その出来事がもうベッタベタでクサくて王道でアツいです。画力がね、圧倒的な画力があるからかっこいいんですよまじで。正直、絵が下手だったらただのよくあるB級作品ですし。

個人的には士道はここが最大の山場で、あとはただひたすらかっこいい絵でチャンバラやってる程度の単調な作品って印象です。ただ、その「山場」が、THE・高橋ツトム御大って感じで好きです。

作風としての 御大×サムライ の相性の良さは、試し読みだけでも伝わるんじゃないかと思います。

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「ヒトヒトリフタリ」−−わかりやすく”こんな政治家がほしい”ってなるやつ

これは現代の日本を舞台にした作品。福島原発が大変なことになってたり、2011年〜の現実を設定として使っています。

あらすじとしては、守護霊である主人公が偉い人から派遣された先が “総理大臣” で、政治家や民衆から容赦なく浴びせられる憎悪の感情から守っていく…という感じ。総理大臣・春日の成長ぶりも見どころで、もう一人の主役といえます。

これは盛大なネタバレになりますが、「生放送中に福島原発から持ってきた濃厚な汚染水を一気飲みする」というパフォーマンスをするシーンがあります。「影響があるかないか、私の身体で実験します」みたいな。このへんの盛り上げ方は御大の真骨頂だと思います。

政治的スタンスが出すぎている漫画や小説は気持ち悪いと思ってしまうタイプなので、本作も「うーん」ってなる描写自体はありました。が、やっぱり高橋ツトム節で描いた見せ場にはぐっとくるものがあります。

バトルものじゃないと “劇画調の大ゴマ” だったり持ち前の画力を生かしづらいという側面はあると思うんですが、鉄腕ガールでも米国側を「薄暗いところでボソボソ喋らせるけど大物っぽくて怖い」みたいな感じで描いてたように、ハードボイルドテイストでも画力は生きるものです。「地雷震」とかそんな感じだし。

ただ、御大の作品はどうしても波があるというか、後半では能力バトル漫画みたいになっていくのがどうにも違和感ありました。バトル描くなら御大は剣か銃のほうがいいんだよなぁ。

途中まではかなり引き込まれるストーリー展開ですので、とりあえず最初の何巻かをおすすめしたいところです。

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文章で長々と説明するとどんどんロックじゃなくなっていく感はあるのですが、こういう長々と解説するような熱狂的ファンを生み出すあたりはロックじゃないかということで、まぁ勘弁してください。